【炎症性腸疾患(IBD)】専門医が解説~食事・症状・治療(ステロイドなど)~

 

炎症性腸疾患(IBD)

炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease 以下IBD)とは、原因不明の慢性的な胃腸炎を引き起こす病気です。

嘔吐・血便・下痢・食欲不振といった症状が気になったことはありませんか?

原因としては、

・食事・気候・飼育環境の変化

・食物アレルギー

・感染症(寄生虫、ウイルス、細菌)

・胃炎や腸炎(IBDを含む)

・膵炎(膵炎の食事・治療法については、こちらのブログで記載しています)

・リンパ腫などの腫瘍疾患

など様々なものがあります。

感染症や食物アレルギーなどあらゆる原因を除外しても原因が特定できない場合は、近年の消化管内視鏡検査の普及に伴って、慢性的な消化器症状の原因が炎症性腸疾患(IBD)という病気であるという事が分かってきました。

当院では、横浜を中心とした地域においてIBDの症例を数多く経験しております。

 

つまりIBDとは、我々の身近に潜んでいる怖い病気の1つといえるでしょう。

 

IBDと診断するには...

血液検査

病状がかなり進んだ頃に異常値がでてきます。特に低アルブミン血症・貧血に関しては、進行したIBDでよく認められる異常所見です。

レントゲンやエコー検査

画像検査でIBDの確定診断を下すことは難しいですが、重度のIBDで認められる腹水の有無を確認することが可能です。

内視鏡検査

確定診断を行うには内視鏡を使って検査する以外に方法はありません。 昔は腸の組織を検査するには開腹するしかありませんでしたが、獣医療の進歩に伴いかなり負担の少ない方法で検査を行えるようになりました。 当院では日本でも有数の内視鏡検査の実績があります。

内視鏡検査では組織の炎症細胞浸潤を確認し、食事や寄生虫感染の除外診断を行います。

IBDの中にも好酸球性腸炎、肉芽腫性腸炎、リンパ球形質細胞性腸炎などといった様々な分類がありますが、リンパ球形質細胞性腸炎の診断名を付けられる事がほとんどです。

またリンパ球形質細胞性腸炎はリンパ腫との区別をつける事ができないことがあるので、その場合はクローナリティー検査や免疫学染色を行い、鑑別していきます。

 

IBDの治療法とは?

残念ながらIBDを完治させることはできません。

しかし、内視鏡を行って早期に確定診断をつけることで重症化を抑えられる可能性があります。食事療法を中心として薬を組み合わせることで症状を抑えて快適に過ごしてもらう事は十分可能です。

食事療法

必ず低脂肪食を与えてください。

 

低脂肪食のフードとしては

消化器ケア(PURINA PRO PLAN  nestle)

消化器サポート低脂肪(Royal canine) 

I/d low fat (Hills)

などがあります。

その他の低脂肪フードも当院で取り扱っておりますので、ご相談ください。

また食欲不振で絶食状態の子には強制給餌を行います。その際も低脂肪のリキッドタイプの完全栄養食を使用します。

 

強制給餌用のリキッドタイプフードとしては

・GIリキッド(Royal canine)

を主に当院では使用します。

 

また缶詰と水をミキサーで混ぜ合わせて、ドロドロにして、それをシリンジに入れて強制給餌を行うこともあります。

 

使用するお薬

IBDの治療に使用するお薬には

・ステロイドやシクロスポリンなどの免疫抑制剤

・5ーアミノサリチル酸(メサラジン)

・抗生剤(フラジールなど)

・プロバイオティクス(整腸剤のことです)

といったものがあります。

IBDであった場合は、まずステロイドを用いて炎症を抑制します。

用量は2mg/kgからスタートしてその後減薬し、ステロイドの副作用のリスクを回避します。

またステロイドのみでは効きが悪い場合、あるいはステロイドを減薬したい場合は、シクロスポリンなどの免疫抑制剤を上手に併用していくことが重要です。

 

5ーアミノサリチル酸はメサラジンとも呼ばれ、ヒトの潰瘍性大腸炎やクローン病で用いられる抗炎症薬のことです。

メサラジンはIBDにも効くとされており、上記の免疫抑制剤と併用することもあります。

 

プロバイオティクスについてですが、健康な犬と比較して、IBDやリンパ腫を患っている犬では、腸内細菌叢に大きな違いがあると2017年のOmoriらの報告(1)があります。

IBDではPorphyromonas(ポルフィロモナス)やPrevotella (プレボテラ)といった腸内細菌が、リンパ腫ではEubacteriaceae(ユーバクテリウム)といった腸内細菌が、健常犬と比較して有意に高い割合で存在していたとの事です。これのことから腸内細菌叢の正常化ということは重要であると考えられます。

また2017年のWhiteらの報告(2)によると、IBDにより腸粘膜構造が破綻している犬にプロバイオティクスを与えると、タイトジャンクション やE−カドヘリンといった腸粘膜細胞同士の接着を強固にする構造の発現が増加したとのことです。

そのためプロバイオティクスの使用は腸内細菌叢の正常化のため、IBDやリンパ腫の治療で使用します。

 

 

IBDとは慢性的な嘔吐や下痢が症状として現れる病気

消化管にできるリンパ腫という悪性腫瘍、IBD、消化管内異物などの病気が、このような症状を起こします。

当動物病院で 「嘔吐」や「下痢」 の症状で直近3年間内視鏡の検査をした 120症例のうち、IBDが約 56%、アレルギーが6%、感染などによる胃炎や腸炎が 14%、悪性腫瘍(ガン)が5%、異物が19%でした。

また多い犬種は、チワワ、ダックス、プードルでしたが、特に悪い結果が高率に出てきたのは

・チワワ

・Mダックスフント

・キャバリア

・フレンチブルドッグ

・ヨークシャーテリア    

でした。       

それぞれの病気は、症状が同じでも治療法が全く異なってきますので、それらの病気と区別する意味でも、内視鏡の検査をして診断をつけることが大切となります。

 

 内視鏡検査について

内視鏡がなかった頃は、腸の組織を一部採るためにはお腹を開くしかありませんでした。 そうなれば当然痛みを伴ってどうぶつに負担をかけることになりますし、腸を切る以上、数日の入院や食事の制限が必要となってきます。

しかし内視鏡によって、動物病院でもお腹を開けずに胃や腸を直接検査することができるようになりました。 胃カメラの検査をしたことのある方ならお分かりかと思いますが、胃カメラの検査をしても終わった後は特に痛みなどはなく、すぐに通常の生活が送れます。

また、動物の場合は麻酔をして眠ってもらった状態で行うので、痛みや恐怖はありません。
このことからも、従来のお腹を開ける検査に比べて、内視鏡の検査はワンちゃんネコちゃんへの負担が非常に少ない検査であることがお分かりいただけると思います。

検査のために腸や胃の組織の一部を採りますが、採る量は1~2mm四方の量ですので、それによる体へのダメージはすくないです。 また食事についても、当日は抜いてもらう必要がありますが、次の日から問題なく食べていただけます。

 

コレ↑(内視鏡写真2)が一般的に胃カメラといわれる検査機器です。 赤い○の部分を口の中から入れ、先端についているカメラで胃や腸の状態を検査できます。

赤い○の拡大写真です。 このVの字になっている 鉗子(かんし)という部分で、UFOキャッチャーのように胃や腸の組織を採取し、検査をすることでより、確定的な診断をすることができます。

内視鏡検査のメリット

  1. 食道、胃、腸といった消化管検査を開腹せずに直接的に診断可能な唯一の方法。
  2. 病理診断というセカンドオピニオンを別の専門家から得ることができ、より客観的な診断を受けることができる。

内視鏡検査のデメリット

  1. 全身麻酔のリスクがある。
  2. 非常にまれであるが慢性的な炎症、腫瘍などの腸管の状態により検査時に穿孔(小さな穴が腸に開く)事がある。(人間でのリスクは1000人に1人、当院が行った内視鏡検査では猫が2例、犬では無し。)

 

内視鏡検査にかかる費用について

1泊の入院となり、麻酔料・検査料・入院費・外部機関へ出す病理検査代などをあわせて 23万円ほどとなります(税抜)。

 

 

 

IBDは治る病気なのでしょうか?

 

残念ながら、完全に治ることはありません。しかし、食事療法を中心として薬を組み合わせることで、症状を抑えてワンちゃんやネコちゃんに快適に過ごしてもらうことは十分可能です。

そして、症状が軽いうちに発見してあげることで、重症化の可能性を抑えられる可能性があるため、完全に治らない病気だからこそ早期の発見が大切なのです。

症状が改善し、飼い主さまから 「今までこんな良いウンチはしたことがない」「今まではご飯もゆっくりしか食べなかったが、がっついて食べるようになって食欲が出てきたみたい」「部屋でじっとしてることが多かったが活発になった」 という声が頻繁に聞かれます。

その改善の様子からも、「たまに吐く」「たまに下痢する」 といった症状でも、ワンちゃんやネコちゃんにとってすごく辛い状態であったことが伺わせられます。

一生付き合っていかなくてはいけない病気だからこそ、早期に発見し、辛い症状を抑えて快適な毎日を送ってもらいたいと思います。

(参考文献)

1)Fecal microbiome in dogs with inflammatory bowel disease and intestinal lymphoma.Marie OMORI, Shingo MAEDA, Hirotaka IGARASHI, Koichi OHNO, Kosei SAKAI, Tomohiro YONEZAWA, Ayako HORIGOME, Toshitaka ODAMAKI, Naoaki MATSUKI

2)Randomized, controlled trial evaluating the effect of multi-strain probiotic on the mucosal microbiota in canine idiopathic inflammatory bowel disease
Robin Whitea, Todd Atherlyb, Blake Guardc, Giacomo Rossid, Chong Wange, Curtis Mosherf, Craig Webbg,Steve Hill h, Mark Ackermanni, Peter Sciabarra a, Karin Allenspacha, Jan Suchodolskic, and Albert E. Jergensa